2026-05-01

P39 十月廿四日の朱書きの部分について

 P39 十月廿四日の朱書きの部分について

肥後守ト改」、「淡路守ト改」は江戸幕府年録1216日の記載にあり、それを後から追記したもの。 

辰正月廿八日御暇」はこのテキストP59にある内容、

辰正月七日御暇」はこのテキストP57にある内容を後から追記したもの。

この中の「御暇」は 『近世古文書用語辞典』:吉川弘文館2024)で

「いとま(暇)」5番目に 「大名が封地(ほうち)に赴くため、また役人が任地に赴くため江戸を離れること」とあり

松前奉行に任じられた2名が、任地の松前へ出発にあたり、江戸城においとまの挨拶に行ったことを意味すると思われます。

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